大学生からの恋愛相談


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タイトル Re^7: 平気なフリをするのに疲れました。
投稿日2010/04/14(Wed) 00:47
投稿者ROW
こんばんは。

絶望の全てを、消去する事は出来ますよ。それは、“一切の希望を”感じる心を捨て去る事です。そんな事はでも、殆ど誰も出来ませんね。私は出来ません。人間とはそういう存在なんですよね。

喜怒哀楽、その全てを包括して初めて人間らしい「感情」が生まれそして育つ。“喜び”は“悲しみ、怒り”を知っているからこそ、成り立つ感覚の世界です。言葉を操る術を知らない赤ん坊は、意思表示を態度で示します。お腹が空けば泣く。「泣く」とは不快な不愉快な感覚が齎す身体的表現です。

「お腹が空く」事はそもそも不快な感覚に相当するものです。心の赴くままに母乳やミルクを飲み、初めて心地よい感覚に満たされるのですよね。食物を口に含む際のえもいわれぬ「幸福感」は空腹を経ずには成立はしないでしょう。感情とはそういうものですね。

非常に皮肉な事に、ともえさんの「怒り、虚しさ」はそもそも彼との“楽しかった”お付き合いの思い出と密接に関係しています。喜びが大きければ大きいほど、“失望”の度合いは深くなる。「忘れよう。忘れよう」と必死に思い込むほどに何かの切っ掛けで彼、との数々のやり取りが簡単に思い起こされてしまう。

否定と拒絶、忘却の盾は完全では残念ながらないようです。僅かな亀裂、隙間から思い出という名の劇薬(と言うべき記憶)が密やかに、そして底意地悪くひたひたと忍び寄る。全く持って「人格(意識)」とは、本人自身でさえその制御は難しいようです。精神医学の祖、フロイトは「完全な精神制御」を医学的に否定したと言います。

だから「忘れることはできない」のはともえさんが例外なのでは決してなく、寧ろ当然でありまた、普遍の心の営みと言えますね。

よくよく考えてみれば、「哀しい」状態は哀しくて当たり前なんです。ささくれ立つ間際に突然「元気」にも況して「嬉しく」もなる道理がないんです。何しろ「哀しがって」いるのですから。元気の出せない人間に対して「元気を出せ」という慰めは本当はおかしいのです。では何故同じ慰めの表現が連綿と“常識”として繰り出されるのでしょうか。

それは、慰めている側は基本的に「哀しい」思いをしていないから。

確かに形式的でも形骸的でも、好い加減でもないけれど、実際には憐憫と同情の言葉をかける相手の気持には至らないからです。「気持ちは分かるよ」という表現でさえ、真の意味での共有ではなさそうです。つねった腕の痛みは本人以外には決して理解も実感も出来ない、という事でしょうか。他者の痛みの「理解」は個人の体験に基づく推量であり推察の域を出ません。

人の一生は、いや人に限らず生きとし生ける存在の一生は「ただ一人」です。たった一人で生まれ、たった一人で死んでいく。どんなに親密でも愛情を注いでも、他人にはなれないし、他人の感覚を分かち合う事も出来ない。生きる、という現象は本来どこまでも孤独なのです。圧倒的な孤独の領域から誰も逃れられないのです。

「哀しさ」を分かる人間は「哀しい」状態を実感する者、つまり本人ただ一人です。たった一人で制御の不可能な様々な感情のかたちを受け入れ、受け止めていかざるを得ないのです。生きている限りはずっと。

私、はともえさんに問います。今語りかけている「この私」がたった今何を考えているか分かりますか。

分かる訳はありませんね。「ともえさん」は「(今語っている)私」では勿論ありません。だから私は言葉で伝えます。

私は今、「感動」しているんです。人の悲惨で不毛な話を読み進めて挙げ句感動するとは、場違いも甚だしい発想ですね。自分でもそう思います。でも私は自分の考えを変える事は出来そうもありません。

悲惨な体験に感動したのではありません。ともえさんご自身の辛い体験から搾り出した表現、に私は感動したのです。

ともえさんの“表現”は少なくとも私にとっては「詩」でした。散逸的な独特のリズムを含む詩。私の感覚、感性にはそのように映ったのです。


“気持ちにふたをしようとしていました。
だって、あんなに思いやりのない人にいくら好きな気持ちを募らせても、
何も意味がないと思って。

でも、意味なんかなくていいと思ってきました。
だって、好きなんです。
簡単には忘れられない。

どう考えても忘れたほうがいいのはわかってる。

でもできない。できないんです。今すぐは。

「必ず幸せな未来がやってくる」?

それなら、今はまだこのままでいたい。
いや、いたくないのかな・・・・・・早く抜け出したいけど、
でも、気持ちに嘘はつけないんです。”


それは。

身を切られるような。

心が砕かれるような。

血の滲むような。

切なく哀しいほど、美しく綺麗な詩でした。

どうして、美しいのでしょうね。何故、綺麗なのでしょう。それはともえさんの「心」、内面の世界が本当に美しく綺麗だからでしょう。彼、に対する断ち切れない想い、慕う意識。それはともえさんの深い愛情と信頼の紡ぎだすかたちです。ともえさんの、ともえさんだけが作る事の出来る謂わば「美術」であり「作品」です。どれ程不遜だとしても私はそう思えて仕方ない。

体には、彼の名前が刻まれています。それを消しても瑕、は残念ながら残ってしまうでしょう。でも、ともえさんの心に刻まれた「詩」は決して忌まわしい瑕なんかではないんです。

他の誰も持てないともえさんという「人格」を生み育てるどこまでも澄みきった言葉であり表現なのです。この世で「唯一人」の人間が「唯一人」の人間の心の領域を読み取り、少しずつ歩み寄る。虚しさを越えた熱の篭る「共感」あってこそ健全な人間関係が構築されていくのでしょう。

自分を想い慕う他者の心を汲み上げ、感謝する事。人間が、人間であるための「いちばんの幸せ」ですね。ともえさんの彼、は自ら「いちばんの幸せ」を放棄してしまいました。彼は「不幸」な方です。

彼の「不幸」をそれでも優しく包み込むともえさんの心と、そして心の生む詩に私の心は震えたのです。

優れた言葉を自らが紡ぐ詩人に、私は如何なる慰めの言葉を持ちません。

今はシンプルな感謝の一言を申し添える他にともえさんの「本当のこれから」を祈る術を知りません。

だから敢えて言わせて下さい。


「ありがとうございました」



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